高橋喜和子の日記

高橋喜和子(21歳ニート女優、それなりに健康)が楽しいことを書く日記です。

エッチな同人誌を見せてくれてありがとう!

 

わたしは『逢わせ屋』をしている。

この人と会いたい、という依頼を受け、その人を探し出し、逢わせる、という一昔前のテレビの企画のような仕事だ。

 

その日の依頼人は60代ほどのおじさんだった。簡単にいうと死にかけのおじさんだった。もう、いつ死んでもおかしくない、そんなおじさんは息子に会いたいそうだった。息子は20歳の頃に出て行き、15年会っていない、死ぬ前に会いたい。そう涙ながらに訴えかけてきた。私と逢わせ屋さんの仲間たちはその涙に感動、合点承知、力を合わせて捜索した。(足で調べる人、インターネット(めっちゃ画面あるやつ)で調べる人、などキャラ立ちしていた。)

 

見つかった。息子は35歳、髪はボサボサ、丸いメガネをかけていてそのメガネのレンズは曇っていて、丈の長いスウェットを着ていた。めちゃくちゃだらしない男だった。そして、私はその男に一目惚れをした。理屈ではない。

 

その男は、なんかパソコンのことをして生計を立てていた。何かはよく知らない。飄々としていて、お父さんが死にかけですよ、と伝えても、そうかあと言っていた。実際に死にかけの父と対面して、お父さんが泣きながら彼を抱きしめても、曖昧に笑って父の背中をさすっていた。

 

そして彼らは『逢った』のだから、私たちの仕事は終わった。お代を受け取り、契約が終わる。わたしは、通常ではあり得ない行動力で、そのだらしない息子に告白をした。返事はえ〜なんで〜いいけど〜。だった。

 

交際を始めて最初のデートの時、彼は紙の束を持ってきた。見たことのない笑顔で彼は「これ、僕の趣味。漫画を描いているんだ。」と言った。

 

紙の束を受け取り、目を落とす。

 

それはめちゃくちゃエッチな同人誌だった。ジャンプの有名な女のキャラの同人誌だった。絵はめっちゃ下手だった。小5レベルの絵心でナミとか、サクラとか、ルキアとか、そういうキャラがなんかエッチな目にあっているところが描いてあった。

 

それを見た私は、涙を流す。

「よかった!あなたは何かに熱意を注ぐことができるんだね!見せてくれてありがとう!」

 

そこで目覚ましがなって、終わり。

今日みた夢の話。

どんな深層心理なんだ。

 

半年ぶりの更新がこれ。

すみません。

おもしろ人間について

 

デトックス述懐のお礼記事以来の記事がこれ。どうかと思うけど、何か書きたいときに書かないとなにも書かない人間になってしまうと思ったので許してください。例によって無駄に長い意味のない記事なので暇な人だけ読んでね。

 

おもしろ人間について。そのままです。おもしろ人間について書きます。あなたはおもしろ人間をどう思いますか?おもしろ人間とはすなわち自身はおもしろを背負って立っている、我こそはおもしろの化身、という自負を持ち生きている人のことです。

 

結論から言います。わたしは本当に苦手です。

 

それにはまず自身の性質から書かなければいけないと思いました。書きます。

 

と、いうのも、私は他人と関わりあう際に他人の自負を支えなければいけない、という強い義務感にどうしても苛まれてしまうのです。

 

例えば自身について可愛い、かっこいい、おしゃれ、などの自負がある人は、全身でそれをアピールしている人はもちろん、仄かな自覚を備えている人すらすぐにわかりますし、その自負を支えることは容易いです。それについては少し趣向がずれますのでまたの機会に。

 

ホストクラブが好きな友人がいるのですが、私は行ったこともないホストクラブというものが怖くてたまりません。その理由も「他人の自負を支えなければならない」ということに寄ります。なぜならホストという職業の方々は金銭の対価として「楽しませる」ということを仕事にしているわけで、そしてそこには少なからず「自分は他者を楽しませることのできる人間である」という自負があるわけです。事実「楽しい」かは関係なく、その楽しませを享受できる人間でいなければならない!というある種の強迫観念に私はきっとクラクラしてしまうことでしょう。コールドストーンでわたしを「楽しませよう」と歌う店員が怖くて一度しか行けていませんし、クリスマス時期のコンビニでサンタ帽を被った店員にはなるべく無気力でいてほしい。そんな人間なのです。笑えよ。

 

そして「自分は他者を楽しませることのできる人間である」では収まらず

 

「自分は他者を『自身の類稀なるおもしろスキルにより』楽しませることのできる人間である」という自負が毛穴という毛穴から滲み出しているのが、おもしろ人間という方々なのです。わたしはおもしろ人間はすーぐにわかります。その毛穴から出る自負がオーラとなって見えるのです。嘘です。おもしろ人間の特徴はたくさん言えます。しかしわたしはそういう方々をdisりたいわけではもちろんないので多くは控えさせていただきます。わたしを悪者にしないでください。

 

一番の特徴として、おもしろ人間の皆さんは大体の場合まーじでいい人。優しすぎるんでしょう。だから本来おもしろスキルなどまるで持ち合わせていない凡夫なのにでけえ声でそれっぽいこと言って周囲を楽しませてあげよう!あげなければ!僕が!私が!それをやらねば!となってしまうんでしょうね。私はその優しさを理解しているつもりです。なので「あはは」と笑います。「ほんとおもしろすぎるw」と言いますし「ねえもうお腹痛いからやめてw」とすら言ってみせましょう。

 

この記事をこんなところまで読んでくれている奇特な方が3人ぐらいいたとして、同じ悩みを持っている方が1人はいるかもしれません。そういう方に私が思う対策法、というほどのものではありませんが、おもしろ人間と付き合っていくコツを紹介させてください。

 

おもしろ人間の「おもしろ」は大抵が多数の人間に向けられます。「場」という言い方もできますね。彼らは大抵の場合個人をおもしろがらせ楽しませたいわけではなく、その場を自身のおもしろスキルにより盛り上げたい、否、盛り上げねばならぬ、と思っているのです。なので、そんなにその自負を支えることに躍起になる必要はありません。空気を作るのです。そのおもしろが「効いているよ」という空気を。あなたが。できるはずです。あなたには。

 

一対一で話すと大体のおもしろ人間は真面目で良識的な善人の場合が多いです。人間は多面的ですから、自分にとって良い面を見て人間関係を作っていきましょうね。

 

最後に、男女関係なく一対一、もしくは少人数になると、突然つまらん上に下品な下ネタおもしろを発揮しようとする人がいますが、そういう人たちは、殺せ。

 

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狂犬病の犬

デトックス述懐終わりました。

 

帰ってきたひとりぼっちのみんな『デトックス述懐』全9ステージ無事終わりました。ありがとうございました。全てにおいて。

 

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伊藤が、こんな話をやりたい、こんな言葉を入れたいって話して、タイトルを決めました。それでキャストを決めて、物語が3割決まったところで『精子になる』オチが決まりました。あとの7割はどうしたら精子になれるかを考えながら決めました。

 

「ちんこもまんこも性欲もなにもかもが不幸!」は最初の『こんなことやりたい』の企画段階の時点からあった大好きなセリフですが、企画を台本にしたときに消えていました。で、復活(?)逆転採用(?)したのが多分小屋入りの4.5日前だと思います。使えてよかった。

 

でも、多分、企画段階(今年の冬かな?キャンプ荼毘の割とすぐあと)だったら、きっと「ちんこもまんこも性欲も何もかもが不幸!」のあとに「でも、生まれることは奇跡」って続かなかった気がするんです。こんなセリフをポジティブに繋げることができて、というか、あんな芝居をこんな風な終わり方にすることができたのは本当に役者のみんなの技量と熱量だな、と思いました。

 

アンケートを読んでいると、まず概ね好意的なご感想をいただけたことがとても嬉しかったのですがその中でも「楽しかった」という言葉が多かったのが嬉しかったです。面白いとかじゃなくて楽しいっていうのが、無意識でも観劇ではなく体験になったのかな?と『デトックス述懐のテーマ』の歌詞にもあったように「プロセニアムの枠を壊す」ことが少しでもできたならそんなに嬉しいことってないです。

 

一歩間違えれば、というか、普通に学芸会に踏み込んでたと思うんですけど、それでも演劇作品として成立したのは、やっぱりテクニックのある役者さんがバカみたいなことを汗かいて真剣にやってくれたこと、プロの仕事の集結した最高のテーマソング、可愛くてダイナミックでダンスっていう枠で収まらない諸岡さんの振付、スタッフの皆さまの最高のお仕事ぶりに尽きます。あと、もちろんですが伊藤のバランス感覚もすごいと思います。

 

こんな素敵な人たちとお仕事できて最高でした。でもお仕事させてくれたのはお客様です。本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

 

今後のわたしは8/25〜9/3まで上野ストアハウスにてバック・島・ザ・フューチャー、情報解禁されていないものですと、11月、5月、には確実にお会いできるものがあるような気がします。あと、多分お会いできるのがそれまでに2つ。わたしが役者をできるのも、お客様のおかげです。本当に、本当にありがとうございます。

 

私のことなんてどうでもいいですね。

ひとりぼっちのみんなもちゃんと動いてます。動いてるというか、わたしといかちゃんはやる気がとてもあるのでやります。なるべく早く告知できるように頑張ります。

 

とりあえずわたしの舞台と、いかちゃんの大団円をよろしくお願いします。

4/6 なんでもない話。

昨日のブログ。

 

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本当の無をお見せしてしまった。

なんかとんち屋さんだと思われた?すごい恥ずかしい。普通になんかエラーです。とんちでも哲学でもないよ。くだらないこと書きすぎてまっさらになっちゃったのかな。ウケる。

 

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桜はなかなか満開にならない。

それでもすごく綺麗だった。桜は好きです。見ながら歩くのも。

 

綺麗なお花が咲いたから、みんなで見ながらご飯食べたらお酒飲んだりしたら楽しくない!?みたいに毎春思ってるのなかなか可愛いね。人間。

 

今日はイチゴを食べました。イチゴの食べてる部分はなんか実じゃなくて果実はあのちっちゃいつぶつぶなんですよ。ジャポニカ学習帳の巻頭に書いてあった。勉強になるなあ。

 

おしまい。

キャンプ荼毘のこと。

 

2月にやるお芝居を観にきて欲しいので書きます。正直です。

 

2月に立ち上げたユニットの旗揚げ公演をやります。大学の同期の伊藤香菜と立ち上げました。彼女が作、演出する「キャンプ荼毘」という作品を8人の女の子たちと作っています。

金田一佳奈と服部美香は大学の同期です。その中でも愉快です。全身タイツを着るユニットにいます。金田一佳奈は見た目と中身の乖離性が激しく、服部美香は今回の座長ですが本当になんかいいやつです。すげえばかだけど。

谷本真優はわたしが高校生の時に客演していた市民ミュージカルにいた小学生の子どもでした。今はアメリカ帰りのハイティーンになっててまじでやばいです。は?意味不。

廣瀬樹紅はご縁があってなんか慕ってくれる可愛い女の子です。でもなんか慕ってくれて可愛い程度で誘ったのでよくわからん新成人です。まだよくわからんけど真摯です。それだけで信頼に足ります。

紫祐は中高の同級生です。しゆうってなんだよ(笑)って正直思ってますが一緒に仕事するんだから紫祐って呼ばなきゃいけないんだよな〜と思ってます。なんか悔しいんだよな。ストイックなのにそれが当たり前みたいにしてるところが強みだと思います。良い意味で自分の好きなこととか好きなひととかやりたいことのことしか考えてません。憧れる。

田崎葵さんは唯一初めましての方です。面識はないけど大学の先輩です。大学には殺伐とした女戦士みたいな人しかいないと思っていたので会うのが怖かったのですがちょっとびっくりするぐらいゆっくりでした。お餅に似ているので見た目も中身も大好きです。

伊藤香菜は共同代表です。大学の同期ですね。ネガティヴな割に人望も厚く、自信もあり、自分の感情を周りにちゃんと伝えます。

正直、キャンプ荼毘は私の作りたいものと一致しているのかと聞かれたら多分違うと思います。でも、伊藤香菜の台本は伊藤香菜が自分のいろんなことと向き合って書いてるから本物の言葉が並んでいて、信じられる物語だなというか、絶対にいろんな人の心の触れられたくない部分にちゃんと届くし、傷を付けられるし、傷薬も塗れるなって思うんです。かまいたち演劇。かまいたちは日本の妖怪ですがスリーマンセルで行動していて人を転ばせる係と傷をつける係とその傷に薬を塗る係がいます。あれ、これうしおとらだけの話?まあいいよね。

とにかく伊藤香菜は作る作品や書いた言葉を信じたくなるような女です。きっと求心力があるんでしょう。たまに赤ちゃんみたいな時があるんですけど多分それも人を引きつけるポイントだと思います。でも男の子の前では赤ちゃんの部分を出さないんです。超可愛くないですか?可愛いんですよ。

キャスト以外にも、

演出助手の森香菜子ちゃんは大学の後輩で私はなんだかすごくシンパシーを感じていてでも私も彼女も人見知りなのでそれをちゃんとは伝えられてないんですけどなんだか誠実さは忘れずにもっと自由になっていこうな!と思っていますし、照明の大下ゆいちゃんも大学の同期ですが劇場が地元に近いから!な!頼む〜〜!みたいな感じで押し切って頼んでしまってすまない気持ちでいっぱいですが小動物みたいでキュートな子だな!と思っていますし、音響の中村侑亮さんは変な人ですが私の人生から欠けてしまったら私はもうどうしようもなくなってしまうな〜〜と思っています。

振付の諸岡美里さんはキャストだけでは絶対に出せなかった世界観を振付を介してどんどん作品に加えてくれます。

宣伝美術のMASAKI SAAYAさんにはダメ元でオファーしたのに快く引き受けてくださり素敵すぎるイラストを書いて頂きました。全てが丁寧で早くてこれがプロの仕事だ…といつも感服いたします。

そして楽曲提供の高橋洋樹は私の父です。子供の時からたくさんの人の前でパフォーマンスをする父を見てきました。きっといま演劇をやってるのはその影響もなくもなくもなくもなくなくなくもないと思います。子供の頃から父の仕事を話すたび「嘘だ〜!」(わかる)「嘘だ〜!そんなすごい人があんな家に住んでるわけないよ!」(失礼がやばい)などと言われても自慢の父でした。嘘だとしたら嘘のチョイスがうますぎるだろ。

そんな父が作った曲を私が素敵だと思う女の子たちが歌って、私が素敵だと思う振付で踊って、私が素敵だと思う音響さんが音を流してくれて、私が素敵だと思う照明さんが光を付けてくれて、私が素敵だと思う作品の始まりと終わりに流れます。

しあわせだ〜〜!!!演劇ってしあわせの塊だよ〜〜!!!

キャンプ荼毘は、私のやりたいこと、ではなくて、私が演劇やっててよかった!生きててよかった!生まれてきてよかった〜〜!!!と思える作品です。

私の信じる素敵な人たちが私の信じる素敵なことをやる、そんな1時間とちょっとです。

大好きな人たちと幸せを共有したいし、初めましての人にもこんなになんかあれだよ!いい感じなんだぜ!と自慢したいです。

長くなりましたし、なんかただの周りの人に対するラブレターになりましたが(なりがち)あの、大好きな人たちとやるし、普通に1年半ぶりぐらいで会話劇に出演するので見にきて欲しいってことで!

そして最後になりましたがクラウドファンディングに投資してくださった方々本当に本当に本当に本当に本当にありがとうございました!最高の応援で最高のプレッシャーです!!!

 

 

では〜〜!!!!

 

こちらからご予約ください〜〜!!

http://ticket.corich.jp/apply/77591/001/

 

よろしく〜〜らぶだよ〜〜!

世の中には二種類の女児がいる。『顔が書いてあるTシャツ』を着られた女児と着られなかった女児だ。

 

小学校6年生くらいの時に『顔が書いてあるTシャツ』が流行った。

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こんな。ほんとは全然違うんだけど(イメージ)って感じ。確かハニーズに売っていた。懐かしいね。

 

クラスの女児が20人弱いるとしたら確実に10人は着ていた。学年の女児が80人いるとしたら40人は着ていた。

 

私は小学生の時点で可愛くない自分に半端ないコンプレックスがあった。自分は可愛くないのでは?という疑念はちょうど小学校6年生、周囲の児童が少しずつ番いの形を成し始めて確信に変わっていった。幼心にオシャレなブスは最悪では?と思っていたのだろう。私はとにかくオシャレに疎かった。というか疎いふりをしていた?いや。疎かった。疎くあろうとしていたのだ。シャカシャカしたジャージなどを着て、母が買ってくれたデニムの短いスカートなどはなんだか気恥ずかしくて着れなかった。

 

そんな感じでオシャレを忌避し続けたせいで自身の『装いたい欲求』がヤバいことになり中高ヤバいことになった話はとりあえず置いておいて。(ヤバいから)

 

とにかく私は流行っている服を同じように着たい自分を親にアピールできなかった。それ以前に他の女児並みに装いたいという気持ちがあるということがなんだか恥ずかしかった。卑屈な12歳だ。その時点で矯正されていればこんなことにならなかった。かわいそうに。

 

そして顔Tシャツブームは去った。

 

私はあの時顔Tシャツを着なかった事を今でも思い出す。着ていても何にもなかったのはわかるんだけど。顔Tシャツを着てる人しか出られない授業とかがあったわけでもないんだけど。でも、私は『着られなかった者』の業を背負い続けている(勝手に)

 

そしてきっとその反動なのだろう。なんだかんだあって自分の有り様を認められるようになった私は、とにかく流行り物には乗ろうとする。だって斜に構えるよりそっちの方が楽しいからね!!!

 

だけど乗れない時もある。世間が恋ダンスを踊っているとき、私の頭の中では顔の書いてあるTシャツを着た女児が笑っている。

 

逃げ恥、今から見ようか迷うな〜〜〜〜。