読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

高橋喜和子の日記

高橋喜和子(21歳ニート女優、それなりに健康)が楽しいことを書く日記です。

4/6 なんでもない話。

昨日のブログ。

 

f:id:bookwoom0914:20170406172744j:image

 

本当の無をお見せしてしまった。

なんかとんち屋さんだと思われた?すごい恥ずかしい。普通になんかエラーです。とんちでも哲学でもないよ。くだらないこと書きすぎてまっさらになっちゃったのかな。ウケる。

 

 f:id:bookwoom0914:20170406173008p:image

 

f:id:bookwoom0914:20170406173131p:image

 

桜はなかなか満開にならない。

それでもすごく綺麗だった。桜は好きです。見ながら歩くのも。

 

綺麗なお花が咲いたから、みんなで見ながらご飯食べたらお酒飲んだりしたら楽しくない!?みたいに毎春思ってるのなかなか可愛いね。人間。

 

今日はイチゴを食べました。イチゴの食べてる部分はなんか実じゃなくて果実はあのちっちゃいつぶつぶなんですよ。ジャポニカ学習帳の巻頭に書いてあった。勉強になるなあ。

 

おしまい。

キャンプ荼毘のこと。

 

2月にやるお芝居を観にきて欲しいので書きます。正直です。

 

2月に立ち上げたユニットの旗揚げ公演をやります。大学の同期の伊藤香菜と立ち上げました。彼女が作、演出する「キャンプ荼毘」という作品を8人の女の子たちと作っています。

金田一佳奈と服部美香は大学の同期です。その中でも愉快です。全身タイツを着るユニットにいます。金田一佳奈は見た目と中身の乖離性が激しく、服部美香は今回の座長ですが本当になんかいいやつです。すげえばかだけど。

谷本真優はわたしが高校生の時に客演していた市民ミュージカルにいた小学生の子どもでした。今はアメリカ帰りのハイティーンになっててまじでやばいです。は?意味不。

廣瀬樹紅はご縁があってなんか慕ってくれる可愛い女の子です。でもなんか慕ってくれて可愛い程度で誘ったのでよくわからん新成人です。まだよくわからんけど真摯です。それだけで信頼に足ります。

紫祐は中高の同級生です。しゆうってなんだよ(笑)って正直思ってますが一緒に仕事するんだから紫祐って呼ばなきゃいけないんだよな〜と思ってます。なんか悔しいんだよな。ストイックなのにそれが当たり前みたいにしてるところが強みだと思います。良い意味で自分の好きなこととか好きなひととかやりたいことのことしか考えてません。憧れる。

田崎葵さんは唯一初めましての方です。面識はないけど大学の先輩です。大学には殺伐とした女戦士みたいな人しかいないと思っていたので会うのが怖かったのですがちょっとびっくりするぐらいゆっくりでした。お餅に似ているので見た目も中身も大好きです。

伊藤香菜は共同代表です。大学の同期ですね。ネガティヴな割に人望も厚く、自信もあり、自分の感情を周りにちゃんと伝えます。

正直、キャンプ荼毘は私の作りたいものと一致しているのかと聞かれたら多分違うと思います。でも、伊藤香菜の台本は伊藤香菜が自分のいろんなことと向き合って書いてるから本物の言葉が並んでいて、信じられる物語だなというか、絶対にいろんな人の心の触れられたくない部分にちゃんと届くし、傷を付けられるし、傷薬も塗れるなって思うんです。かまいたち演劇。かまいたちは日本の妖怪ですがスリーマンセルで行動していて人を転ばせる係と傷をつける係とその傷に薬を塗る係がいます。あれ、これうしおとらだけの話?まあいいよね。

とにかく伊藤香菜は作る作品や書いた言葉を信じたくなるような女です。きっと求心力があるんでしょう。たまに赤ちゃんみたいな時があるんですけど多分それも人を引きつけるポイントだと思います。でも男の子の前では赤ちゃんの部分を出さないんです。超可愛くないですか?可愛いんですよ。

キャスト以外にも、

演出助手の森香菜子ちゃんは大学の後輩で私はなんだかすごくシンパシーを感じていてでも私も彼女も人見知りなのでそれをちゃんとは伝えられてないんですけどなんだか誠実さは忘れずにもっと自由になっていこうな!と思っていますし、照明の大下ゆいちゃんも大学の同期ですが劇場が地元に近いから!な!頼む〜〜!みたいな感じで押し切って頼んでしまってすまない気持ちでいっぱいですが小動物みたいでキュートな子だな!と思っていますし、音響の中村侑亮さんは変な人ですが私の人生から欠けてしまったら私はもうどうしようもなくなってしまうな〜〜と思っています。

振付の諸岡美里さんはキャストだけでは絶対に出せなかった世界観を振付を介してどんどん作品に加えてくれます。

宣伝美術のMASAKI SAAYAさんにはダメ元でオファーしたのに快く引き受けてくださり素敵すぎるイラストを書いて頂きました。全てが丁寧で早くてこれがプロの仕事だ…といつも感服いたします。

そして楽曲提供の高橋洋樹は私の父です。子供の時からたくさんの人の前でパフォーマンスをする父を見てきました。きっといま演劇をやってるのはその影響もなくもなくもなくもなくなくなくもないと思います。子供の頃から父の仕事を話すたび「嘘だ〜!」(わかる)「嘘だ〜!そんなすごい人があんな家に住んでるわけないよ!」(失礼がやばい)などと言われても自慢の父でした。嘘だとしたら嘘のチョイスがうますぎるだろ。

そんな父が作った曲を私が素敵だと思う女の子たちが歌って、私が素敵だと思う振付で踊って、私が素敵だと思う音響さんが音を流してくれて、私が素敵だと思う照明さんが光を付けてくれて、私が素敵だと思う作品の始まりと終わりに流れます。

しあわせだ〜〜!!!演劇ってしあわせの塊だよ〜〜!!!

キャンプ荼毘は、私のやりたいこと、ではなくて、私が演劇やっててよかった!生きててよかった!生まれてきてよかった〜〜!!!と思える作品です。

私の信じる素敵な人たちが私の信じる素敵なことをやる、そんな1時間とちょっとです。

大好きな人たちと幸せを共有したいし、初めましての人にもこんなになんかあれだよ!いい感じなんだぜ!と自慢したいです。

長くなりましたし、なんかただの周りの人に対するラブレターになりましたが(なりがち)あの、大好きな人たちとやるし、普通に1年半ぶりぐらいで会話劇に出演するので見にきて欲しいってことで!

そして最後になりましたがクラウドファンディングに投資してくださった方々本当に本当に本当に本当に本当にありがとうございました!最高の応援で最高のプレッシャーです!!!

 

 

では〜〜!!!!

 

こちらからご予約ください〜〜!!

http://ticket.corich.jp/apply/77591/001/

 

よろしく〜〜らぶだよ〜〜!

世の中には二種類の女児がいる。『顔が書いてあるTシャツ』を着られた女児と着られなかった女児だ。

 

小学校6年生くらいの時に『顔が書いてあるTシャツ』が流行った。

f:id:bookwoom0914:20170103191212j:image

こんな。ほんとは全然違うんだけど(イメージ)って感じ。確かハニーズに売っていた。懐かしいね。

 

クラスの女児が20人弱いるとしたら確実に10人は着ていた。学年の女児が80人いるとしたら40人は着ていた。

 

私は小学生の時点で可愛くない自分に半端ないコンプレックスがあった。自分は可愛くないのでは?という疑念はちょうど小学校6年生、周囲の児童が少しずつ番いの形を成し始めて確信に変わっていった。幼心にオシャレなブスは最悪では?と思っていたのだろう。私はとにかくオシャレに疎かった。というか疎いふりをしていた?いや。疎かった。疎くあろうとしていたのだ。シャカシャカしたジャージなどを着て、母が買ってくれたデニムの短いスカートなどはなんだか気恥ずかしくて着れなかった。

 

そんな感じでオシャレを忌避し続けたせいで自身の『装いたい欲求』がヤバいことになり中高ヤバいことになった話はとりあえず置いておいて。(ヤバいから)

 

とにかく私は流行っている服を同じように着たい自分を親にアピールできなかった。それ以前に他の女児並みに装いたいという気持ちがあるということがなんだか恥ずかしかった。卑屈な12歳だ。その時点で矯正されていればこんなことにならなかった。かわいそうに。

 

そして顔Tシャツブームは去った。

 

私はあの時顔Tシャツを着なかった事を今でも思い出す。着ていても何にもなかったのはわかるんだけど。顔Tシャツを着てる人しか出られない授業とかがあったわけでもないんだけど。でも、私は『着られなかった者』の業を背負い続けている(勝手に)

 

そしてきっとその反動なのだろう。なんだかんだあって自分の有り様を認められるようになった私は、とにかく流行り物には乗ろうとする。だって斜に構えるよりそっちの方が楽しいからね!!!

 

だけど乗れない時もある。世間が恋ダンスを踊っているとき、私の頭の中では顔の書いてあるTシャツを着た女児が笑っている。

 

逃げ恥、今から見ようか迷うな〜〜〜〜。

 

 

 

Twitterとわたし。と、これから。

大好きなメトロノームっていうバンドがいて、そのバンドの「僕の右脳猿の左脳」って曲が大好きで、最近聴くと泣いてしまう。検索すれば歌詞も出てくるしyoutubeで聴けます。歌詞もURLも貼らないけど。

 

誤魔化してるし誤魔化したいけど誤魔化す前の自分を認めてって曲(だと私は思ってる)

 

小学生から演劇を始めて、演劇を勉強する大学に入って、演劇を勉強した。演技が、お芝居が上手くなりたいって思って一生懸命頑張った。ご縁があって卒業後も常に取りかかれる台本があるくらいには舞台に出演できている。だけど、学校では教えてくれなかったこと。お芝居が上手くなるためにはお芝居し続ける事が大切で、お芝居をし続けるためには人気者じゃなくちゃいけないのだ。ということにいつか気付いた。うーん、気付かされたんだね。問答無用パンチ。ボコボコ。

 

人気者じゃなくっても出られる舞台はある。でも私は人気者が出るような舞台に出たい。人気者になりたかったわけじゃないけど人気者しか辿り着けないところに行くためにそれになりたかった。

 

で、そんな私がツールに使ったのがTwitterだ。私を知ってる人、舞台を観に来てくれる人、ブログを読んでくれてる人、は何回も見て聞いて読んでわかってると思うことだけど、私は全然可愛くない。が、自撮りは正直可愛いと思う。可愛いメイクで可愛い角度で撮って可愛いエフェクトを掛けてるから。私は「可愛い」にとてつもないコンプレックスがある。可愛くないから、可愛いなんて言われたことないから、だからこそ、可愛い人は褒め称えられ、多くの人に求められると信じていた。

 

だから私は可愛いメイクで可愛い角度で可愛いエフェクトを掛けた自撮りを載せ続けた。舞台ではいろんな角度からいろんな人の目で見られる。そんな誤魔化しは通用しない。けど、面白い作品を見せれば私の美醜なんてお客様にとって些事になる、と、

 

思って始めたTwitterだが、最近の私はダメだ。本当に自分のことを可愛いと勘違いしている。可愛いって言ってくれる人がいるから。いいねしてくれる人がいるから。嬉しくなっちゃった。

 

手段が目的に変わっていたことに気付いた。

 

私は可愛い写真を載せて、それよりは劣っているかもしれないけど必死に生きてる自分を見に来てほしかったし、可愛い写真を載せて、私の乱雑で猥雑な頭の中をのぞいてほしかった。のに、嘘ではないけど作られた可愛い人間が可愛い写真を撮って可愛い写真を載せて可愛いこと話して可愛い動きして可愛い生活してるふりして可愛いって言われて満足して矮小な承認欲求を満たしていた、のね。

 

私こんなもの食べたとか、こんなもの飲んだとか、そんなこと誰にも別に本当は教えたくないよ。私はこんなことを考えてこんなことを面白いと思っててこんな人のことはこんなもののことはクソだと思ってて大嫌いででも大好きでって話がしたいよ。恥ずかしながら現代人だしTwitter大好きだから今の俳優としての高橋喜和子の輪郭ってTwitterのアカウントの私で。なのに、手段を目的にしたせいで目的がどっかにいっちゃって、輪郭がぼやけちゃった。中身はすっ飛んでっちゃったよ。

 

だから、なるべく書きたいことを書きたいときに「この時間はTwitterに人が少ないからやめよう」とか考えないで「こんなこと言ったらリムーブされるかな」とか考えないで書くよ(こんなこと考えてるのって文字にするとすっごく恥ずかしいね)

 

でも、この長いブログを読んでくれた奇特な方がいてくれたなら勘違いしないでほしいこと。

 

一つ目に、ブスな私を享受して!ってことじゃないってこと。私は俳優を続ける限り売り物なのだから私の出来る限りのピークを目指し続けるのはもちろんです。でも、もしピークにたどり着いたとしたってきっと本物の「可愛い」に比べたらクソクソだからそれを評価してもらおうとしないよってこと。わかるかな?

 

二つ目に、別に突然、国際情勢の話しかしなくなったりしないし、とジェンダーの話しかしなくなったりしないし、過激な事を言いだしたりしないし、自分の嫌な部分をさらけ出したりしないし、鬱だ死のうみんな死ねとか言いだしたりしないし、おっぱいも見せないよ。そういう方向転換じゃないの。

 

三つ目に、人気者になりたくないわけじゃなくて。でも、今、私に会いに来てくれてる人ってちやほやしてくれてる人たちじゃなくて、私のこと岩みたいだったとか言ったり、私の書く文章が好きって言ってくれたり、演劇を愛してくれる人ばかりなんだよね。でも、結局それも私が原因で、ちやほやしていただいても、結局私が全然赤裸々じゃないんだから、会いに来てもらえっこないって気付いた。だから、なるべく赤裸々にするから赤裸々な私を好いて、会いに来て、仲良くなって。ということ。

 

四つ目に、自撮りは趣味だからこれからもどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん撮るし載せま〜〜す!!!!!

 

自撮りの中のキュートな私のこと、この世で私が一番好きなの!!!!私の好きな私を見せたい私は限りなく私だよ〜〜!!!

 

ということで、Twitter一掃します。年内にツイート全部消すので今お気に入りの自撮り保存してるところ。みんなももしお気に入りがあったら保存しといて!もしそこまでしてくれたら恐悦至極に存じま〜〜す!!!

 

ここまで読んでくれた人、本当に大好き。ずっと一緒に人生頑張っていこうね。

 

そろそろ年末。新規記事。

ブログをちゃんと書こうと思って書かないことを続けている。

 

書こう書こうと思うと、どうにもおもしろいことを書かなければと思ってしまうから。見栄張りのクズ。消えた方が良い。アー。こいぬの乗車線。

 

でも毎日動画を撮ってるとなんだかんだ毎日平均して同じくらいの人が見てくれてるんだろうな。というのを感じる。だから大事だね。ブログもなるべく書こう。

 

そもそもこんなブログ奇特な人間しか読んでない。Twitterのいいねとか自撮りあげてる時とあげてない時の差とかすごいしね。私のことをフォローしてくれてる人は顔(化粧と角度の加工により作り上げられた代物)を見てくれてるためにフォローしてくれてる。れてるれてるれてる。ありがとう奇特な人間たち。

 

私という人間の2割のまともな部分をTwitterにあげてしまっているから長い文をあのキャラクター。キャラクターではないよ、あれもちゃんとハッピハッピーな部分の私なんだけど、長文をハッピハッピーにできるほど私のハッピハッピーゲージは高くない。

 

こうやっていうと私は特別な存在!みたいな風に思ってるんだろ?って思われそうで恥ずかしい。この世で最も恥ずかしいと思う。特別な存在みたいな風に思ってるんだろ?と思われること。

 

今ファミレスにいるんだけど30代くらいの男女が君の名はの話をしている。男が「まあさー、俺、世の中を穿った見方しちゃうみたいなところあるじゃん?全然だったわー。」と言っていた。

 

「俺、世の中を穿った見方しちゃうみたいなところあるじゃん?」

 

よくそんな話始め方ができるなと思う。すごい。なんだよそれ。お前自分のこと特別だと思ってるんだろう。マイノリティの俺。マジョリティの流行りを穿った見方で批判する俺。おれおれおれおれ。

 

でも本当は特別に存在みたいに思ってるんだろ?って思われたってそうだぞ自分は特別だぞって思える人が強いって私わかってるんだよ。なれない。

 

はー。家系ラーメン食いてえなー。

中学生の女の子の友達が欲しい。(できればYouTubeやニコニコ動画にハマってない子がいい)

 

タイトルのままです。約2ヶ月ぶりのブログです。本当はたくさん下書きに溜まってるんです。「『泣ける作品教えて』と『抱ける女紹介して』は同じだ」とか「幸不幸は相対?絶対?」とか、書いてるんだけど、なんか書いてるうちにごちゃごちゃしてきてまたあとで書こうと思って1週間後とかに書こうとするとそれについて自分の考えがまるっきり変わってたりして書けないみたいなね。

 

でもこれについては普遍的な気持ちです。中学生の女の子の友達が欲しい!!!(できればYouTubeニコニコ動画にハマってない子がいい)

 

中学生の女の子と友達になって「好きな子いるの?」って聞きたい。ちなみにその場合のベストアンサーは「うーん、好きな人はいないけど、気になってる人はいる…かな…」です。「気になってる人」この言葉の瑞々しさ。好きな人とほぼ同義ではありながらはっきり好きとは明言しない恥じらい。

 

あとは普通にインターネットが生活に染み付いてる中学生の日常が知りたい。私が中学生だった頃も携帯電話は持っていたし、パソコンでネットはしてたけどそんなに近いものじゃなかった。あと、SNSがなかった。高校入ってミクシィ始めた。懐かしいな。ミクシィ。ふふふ。あ、でもamebaブログはやってたか。

 

私は自分が中学生のときにTwitterやってなくてよかったなあと思う。もし私が現代の中学生なら今みたいに写真を撮ってTwitterにあげて、本当の名前を知らないたくさんの人が言ってくれる可愛いを間に受けてたと思う。今、22歳の私に名前を知らないたくさんの人が私にかけてくれる可愛いは私の中で可愛いという本来の意味をなくしてなんか嬉しくて心地の良い電波みたいな感じで私には届いている。あんまりわかんないけど、ゲロ嬉しいということ!その話はまたいつかします!が、私は本来の自分が本当はそんなに可愛くないことを知っている。世の中には億万と可愛い人がいて私はどっちかといえば可愛くない。残念ながら。それは多分中学生のときに気付いたけど、Twitterがあったら気付けなかったと思う。中学生のときって自分の出来?みたいなものを受け入れるか受け入れないかは別として真っ向から受け止める時期じゃない?

 

高校の先生が「だいたいの先生方は高校は皆さんの将来の選択肢を増やす場だと言いますが、私はそうは思いません。高校は出来ないことを知り選択肢を減らす場です。」って言っていたことを思い出す。夢も希望もないことを言う人だなって思ってたけど結局はそうなった気がする。そこまで自分は頭も良くないし、優しくもないし、我慢強くもないし、簡単に人望を得ることもできないってことに気づいたのは高校の時だったかも。

 

よくよく考えたら私は中学生のときの自分と友達になりたいのかもしれない。びっくりするほど引くほど男の子からモテないのに、なんか漠然と自分は特別だと思えていた頃の自分に色々聞きたい。本当は今でもそうなりたいけど、私ってどこを取っても普通なんだよなあ。でも、そんな自分のことが結構好きだからそれはそれでいいんだけど。

 

だから、自己顕示欲が無駄に強くて、自分は特別だって思ってて、なにかやりたいこととか好きなことがあって、できればYouTubeとかニコニコ動画とか動画提供サービスにハマってなくて、そして引くほどモテない女の子がいたら是非友達になってください。最後のが一番大事です。嘘です。嘘ではないです。

 

あとは、イルカの調教師さんとは絶対友達になりたいので心当たりある方は連絡ください。