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高橋喜和子の日記

高橋喜和子(21歳ニート女優、それなりに健康)が楽しいことを書く日記です。

ひとりぼっちのみんな、始まってるよ。

 

毎日書くって言ったのはどこのどいつだよ。と思っている。

 

忙しさを言い訳に日課を欠かすのは良くない。良くないことをしている。良くないことはしてはいけないので反省する。ちーん。

 

ユニットを立ち上げた。ひとりぼっちのみんなという名前。名前を考えているときはちょうどひとりぼっち惑星が流行っていた時期だったから共同代表の伊藤香菜(い とう か なだからいかちゃん。以下いかちゃん。今後いかちゃん。)にそこらへん大丈夫かな、と聞いたらなにそれ?と言われたので、あ、大丈夫だわ、と思ったのでこのままにした。

 

出てくれるのは、私といかちゃんが、いいなーと思った女の子たち。みんな前途多難だ。私もいかも。女の子たちも。でも、強い女の子たちを呼んだ。

 

いざ、いざという時には、誰も助けてくれない。それは別に世間は実はめっちゃ冷たいぞ!とかそういうことじゃなくて、まあそういうことももしかしたらあるのかもしれないけど、周りがどれだけ優しくても暖かくても、他人の言葉じゃ結局根底は救われない。自分である程度までは救い上げないと、他人が差し伸べてる手なんて見えないし、見えたとしてもクソ無価値に見えるから。私を救ってくれたのは演劇が好きな私だったし、小説が好きな私だったし、音楽が好きな私だった。私は演劇に、小説に、音楽に、恩返しがしたい。そのためならなんだってしたいと思える。

 

共同代表のいかちゃんはネガティヴだ。口を開けば暗いことばかり言う。死ぬね。が口癖だと思う。常にお金もない。こないだ残高がオーメンだよ〜、と言っていた。大学からの付き合いだがずっと彼氏もいないし、背も低いし顔はまあ可愛いはずなのに卑屈だからモテない。お腹が減ったら子どもみたいにお腹減った〜お腹減った〜ってずっとうるさいし、頭の中にいかちゃんを思い浮かべようとするとすっぴんジャージ姿で出てくる。女の子として幸せかといえば、そんなことないかもしれない。

 

だけど、いかちゃんはとにかく演劇が好きだ。

演劇のことならめちゃくちゃ頑張るし、好きになる男だって、え?その人が好きなの?その人が好きな演劇が好きなの?みたいな人ばかりだし、演劇が絡むと普段はねむいだるいめんどくさいばっかり言うくせにフットワークも軽い。

そして、好きな甲斐があって演劇の神様みたいなものがいたとすれば結構愛されてる。と思う。

 

きっといかちゃんも演劇に助けてもらったことがあるんだと思うし、今も助けてもらってるんだと思う。私も同じ。だから、何かをやり始めるなら一緒にやりたいな。と思った。

 

つらいことがあったから演劇が頑張れないなんて嘘で、つらいことがあった時こそ演劇は私たちを優しくさらにつらい目に合わせてくれる。悲しいことなんか忘れるくらい演劇はしんどくて、楽しい。

 

演劇を知らない人に見にきてほしい。演劇を知らなかった人が1人でもいいから、演劇の良さに気付いてくれたら、きっと少しだけど恩返しになるから。

 

 

小さな意識改革

朝早く起きたらめざましテレビをつける。8時になったらスッキリに変えて、10時になったらノンストップ!に変えて、12時になったらヒルナンデスを見る。

 

ヒルナンデスでは代官山や自由が丘の奥様に旦那さんを見せてください!などというコーナーをやったりしている。私はそれを見ながら、代官山の旦那様なんかどうでもいいわ!小岩か足立でやれ!(ドチャクソ偏見)などと毒づきながら見ている。

 

ヒルナンデスは時間帯的にも若い主婦?や大学生へ向けた番組だと思う。

 

若い女性は常にカロリーを気にしているため、低カロリーメニューなどの特集も多い。

 

私はそれを見るたび、ハァ?わざわざラーメン食うのになんで脂と小麦を節制せねばならぬ!!!そんな輩はこんにゃくでも食ってろ!!!と思っていた。口で言ってすらいた。

 

そして、今、私はダイエットの真っ只中にいる。理由は簡単に言えば太り過ぎだが、まあビジュアル撮影があったりとかするのもある。一生デブとして残るのだ。それはきつい。

 

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今日の夕食はこれだ。糖質ゼロのサラダ担々麺。普通の麺の代わりに春雨的な麺が使われている。カロリーも2、300kcal抑えられている。単刀直入に言おう、超美味しかった。ダイエット中に麺が食べられることが、こんなに幸せだったとは思わなかった。最高だった。

 

今後はヒルナンデスの低カロリーコーナーを進んで参考にしていこうと思う。メモを取ってもいい。すぐにたべログで検索するのもアリだ。

 

しかし、金持ち美人若奥様(それとその旦那)に毒づくことは当分やめられそうにない。

馬鹿と煙は高い所が好き、と言うから。。

 

友達とスカイツリーに行った。スカイツリーは634m(ムサシと覚える、と教わった)ある。確かにまあ高いけれど頂上まで行くにはお金が掛かることを考えればそこまでして登らなくていいや。というのが私の思うところだ。

 

しかし、チケット売り場に並ぶ長蛇の列を見て私は少し辟易してしまい「すごい並んでるね。みんな高いところが好きなんだね。なんかばかみたい。」と言ってしまった。ばかみたいでは別にないと思う。嘘、ちょっとばかみたいではあると思うけど、そんなの人それぞれだと思う。こういう卑屈で他人への妬み嫉みしかないような人間だからだめなんだ。悲しい。

 

いきなり毎日更新をしない、THE三日坊主みたいなことをしましたが、こういうくだらなくて短い記事を性懲りも無く書きたいときに書くことにしました。おしまい。元気に寝ろよ。

 

いないはずの鳥が鳴いてくれる

BODYSHOPが好きだ。なんかボディソープとかボディオイルとかとにかくボディに使うようないい匂いの女が使うようなものが置いてある店だ。

 

BODYSHOPの商品は果物由来、植物由来のいい匂いがするものが多い。母はそれに対して「身体から果物の匂いするの変じゃない?」と言う。

 

変だ。とは思う。普通に暮らしてて身体から果物の匂いがすることはない。みかんを食べ過ぎちゃった時に手からみかんの匂いがするくらいだ。皮を剥いてるし、手で食べるし。みかん食べたいな。確かに人間臭さ(汗臭さとか)をとりあえず無臭にしてもらって、香りをつけるにしても石鹸の匂いなど常に私はお風呂から出たて!みたいな匂いにしておけばいいだろう。とも思う。だけど、やっぱり私はグレープフルーツの匂いを身体からさせたい。モモの匂いを、バラの匂いを、させたいのだ。人間臭さをフルーティな香りに変えて世の中を進んでいきたいのだ。それがきっと多分乙女心なのだ。

 

とはいえ、私にも「それ本当はそんなことないんだしそんな誤魔化し方しなくていいじゃん。」と思うものはある。

 

所謂、音姫だ。

 

いつからだろう、学校の個室トイレから2回ずつ水を流す音が聞こえるようになったのは。自分が用をたす音を他の人に聞かせたくない!という自我が芽生えたのはいつなのだろう。小学校高学年の時からか?中学生の時だったか?ある日、便器の前に【水を流すのは一回!〜ちきゅうにやさしく(^L^)〜】のような張り紙が張られた。真面目な私は水は最後に一度流すのみにしたが、その代わりトイレットペーパーをめちゃくちゃ出してカラカラしていた。真面目さが裏目に出た、ちきゅうにやさしくない行動だった。

 

そんな私達のエゴと、地球への優しさの共存を目指す世紀の発明が【音姫】だ。ボタンを押せば音がなって用をたす音がかき消されるというシンプルかつ画期的な発明である。素晴らしい!ファンタスティック!多分音姫は商標だと思うけれど、とりあえず私は無知なのでこのブログでは「用を流す時になんか音が出るやつ」を総じて【音姫】と呼ぶ。関係者各位ごめんね。

 

私が初めて音姫を認識した時、だいたいの音姫は結構デカめの音でジャー!!!!ジャー!!!!!と音が流れるやつだったと思う。ポチッ、ジャー!!!!!ジャー!!!!!みたいな。あれで良かったと思う。隠してます!今!隠してます!プライバシーを!隠してます!ジャー!!!!!みたいな。良かったと思うんだ。

 

それが少し経つと、川のせせらぎ音のようなものが流れるタイプが多くなったように思う。

 

サラサラサラ〜サラサラサラ〜サラサラサラ〜サラサラサラ〜夏の河原などを彷彿とさせようとしている。優しい風、生い茂る緑が頭の中に浮かんでくる。(用を足しながら)

単純な音量はジャー!!!!!に負けている。つまり、用をたす音を消すという目標に純然に向かってはいない。音を消す、以上の何か良さを求めてる感がある。

 

そして、昨年?一昨年?くらいから出てきた(気がする)のが、川のせせらぎ+鳥のさえずりのパターンだ。

 

サラサラサラ〜サラサラサラ〜ピヨピヨピヨ〜サラサラサラ〜ピヨ〜サラサラサラ〜ピヨピヨ〜

 

夏の河原、優しい風、生い茂る緑、そこに訪れる若い夫婦、くすくすという笑い声、穏やかに流れる時間、、、そこまでの光景を思い浮かばせようとしている!もうこれは完全に音消しの範疇を超えて、リラクゼーションの域に入っていると思う。超えて、というかもう音消しとしての役割を少し放棄している気すらする。そして、言わずもがなだがトイレに鳥はいない、トイレで鳥のさえずりが聞こえる。という状況がちょっと意味わからんのだ。でも、トイレで鳥のさえずりが聞こえたら良くない!?と思う人がいるのだ。身体から果物の匂いがしたらよくない!?と私は思うのだ。この世の道理に合わないことかもしれないけれど、よくない!?と思うのだから仕方ないのだ!よくない!?と思ったことはよいのだ!よい!全てよい!鳥よ〜〜!!様々なデパートのトイレで〜〜どんどんさえずれ〜〜!!!!!

 

書いてる間に思い出したんですが、前に祖父母が住んでた家のトイレはペーパーを転がしたらエリーゼのためにが流れた気がします。チャラチャラチャラチャララー。そのトイレは火事で燃えました。

 

今日も元気におやすみなさい。

いつかきっとご飯になるための人生

今日は新宿でかき氷を食べた。かき氷は基本水のくせにすごく美味しいからすごい。アイスがのっているかき氷だった。わたしの今日のご飯はジョナサンで食べたほうれん草とオニオングラタンスープ、そしてかき氷だ。

 

もう随分ササミ以外の肉を焼いたものを食べていない。豚肉を茹でたものを先日大戸屋で食べた。

 

しかし、今日はジョナサンで一緒に出かけた人間から和牛のハンバーグを一口もらった。美味しくて倒れるかと思った。きっと同じものでも節制していなければ「美味しいな〜」程度だろうが今日のわたしは少なくとも「…!?おいしい…!!!おいしい〜!!!」ぐらいにはなった。えらい違い。

 

Twitterでvegan(完全菜食者)の女性が炎上していた。飼い猫にピーマンやらの野菜と五穀米を混ぜたご飯を与えていたからだ。ピーマンを与えたら猫は死ぬ可能性すらあるのだぞ、というリプライに、一回あげたぐらいじゃ死なないだろう?と返していた。veganのイメージを悪くするためのvegan成りすましだと思うような発言だった。そもそも猫は雑食ですらなく肉食動物である。わざわざ肉食動物飼わなきゃいいのに。

 

その女性は、肉食主義者の言うことを信じていない、動物愛護の精神を訴えるが貴様らは家畜を食べ生きているではないか。という言説をしていた。

 

私も中学生?高校生?のとき、そのことで悩んだことがある。私が飼っている犬、道を歩く野良猫、この可愛い動物たちと、食卓に出てくるおいしいお肉は同じ命で、それを食べて生きていくこという業を背負って生きていくことに私は耐えられない…!と思った。でもお肉は好きだ。めちゃくちゃに好きだ。お肉を食べる、と決まっている日があればその日の一週間前ぐらいからいろんなことを頑張れるぐらい好きだ。それに私が我慢をしてお肉を食べないとしてこの世のお肉消費量は減るか?屠殺される動物たちは減るか?といえば減らないのだ。じゃあ食べたい。うーむ。

 

そんな中わたしにひらめきを与えてくれたのが天下のディズニー様の名作、ライオンキングだ。

 

猿が崖?の上でライオンの子供を抱え上げる。それを見て歓声をあげるキリン、シマウマなどの草食動物たち。

 

そう…!サークルオブライフ…!

 

キリンやシマウマは仲間をライオンなどの肉食動物に食べられたことがあるだろう。自分たちだっていつ食べられるかわからない。それなのにウオオ!獣の王〜!的テンションでライオンの子供の誕生を祝福するのだ。

 

実際は絶対祝福とかしないと思うし、ライオンとか怖いしなるべく会いたくねえわ〜と草食動物は思っているに決まっているのだけれど、草を食べる動物を、肉が食べる動物が食べ、肉を食べる動物が死んだら、死骸が栄養となりまた新たな草が生える。

 

そう…!サークルオブライフ…!

 

私の感じていた違和感は結局「食べるのに食べられないのはおかしい。」というところに帰結したのだ。

 

私は死んだらアフリカの大自然に捨てられて食べられたい。残飯になったら土に還り肥料になりたい。

 

本当は「あれ?私死ぬんじゃね?」と思ったら自力で行って生き餌になるべきだということはわかっているのだけれど、やっぱりそれは少し怖いので勘弁してください。人間だもの。

 

そして、だけど、多分、きっと、調べてもいないけど、もしかしたら無理かもだけど、死体をアフリカに輸送してもらうのってきっとすごく大変だと思う。お金もかかると思う。だから今のうちに貯金しとかないとね。

 

立派な俳優になって、美味しいものをたくさん食べて、いい演技をたくさんして、美味しいものを食べて、ある程度お金持ちになって、死んだら、美味しいものとして食物連鎖に組み込まれる。これが私の最終目標だなあ。

 

ということで、将来きちんとお肉になれるために、今はお肉を節制中。ダイエットしています。

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赤いゲージのところは寿司食べたからです。あ、寿司も好きだ。でも、海は嫌いだから、水葬はやだな〜〜!やっぱりクソ人間だからどうしたってワガママだ〜〜!

 

新しくブログを始めました

新しくブログを始めました。

どうして新しいブログを始めたかというと、Amebaブログはやっぱりポップだし、時には自撮りを載っけたり、別に書きたくもないこと書いたり、なんだかんだ 媚び、といいいますか、違いますか?違いますが、少し文章を書く、ということ以外に肩肘を張らなければならなかったので、文章を書くということに特化したブログを作りました。

 

amebaも消しませんし、舞台告知とかをこちらにする気がないので、そういった詳細などはamebaに載せるつもりです。

 

1日1回より少し多いぐらい、思ったこととか感じたことを少しずつでも書いていくつもりです。なぜなら来年の2月にお友達のいとうかなと共同で進めている企画があって、なんやかんやで宣伝文、脚本、企画書、いろんな文章を書かなきゃいけないのに、自分の言葉の引き出しが前よりも減っていることに気付いたからです。困った。

 

では、今日も元気に寝ます。おやすみ。