「将来的にバイトリーダーになる、アルバイトだったらどうでしょう」
わたしは一人でご飯を食べるのが大好きだし、カフェに一人でいるのも大好き。で、一人で他のテーブルの話を聞くのが好き。(前略プロフの趣味に人間観察って書いたことある?わたしは忘れちゃった。いつから趣味、人間観察を恥ずかしいと思う思考を育んだんだろう)
で、どんなに面白いなと思っても忘れてしまうから、すぐに人に話したりする。今日はブログに書く。
昼過ぎのファミレス。わたしが通された席の隣の席には男二人。片方の男は仕事のできるおしゃれな男、という風貌。日焼けした肌にかっちりしたスーツ、髪は短めでツーブロック。40代に見えた。もう一人はポロシャツで小太りの男性、姿勢が悪い。眼鏡をかけている。30代くらいかな。
机の上には何枚か紙束があり、その中の一枚にはポロシャツ男性の写真が貼ってあるものがあったので、面接かな?とわたしは思った。
ツーブロックの男性が「どんな印象でも残った方がいい、というじゃないですか。それは嘘です。」と言った。眼鏡の男性は曖昧に相槌を打った。
「第一印象で良い印象を残せないなら印象に残らない方がまだマシです」「例えばコミュニケーション能力のある方ならまず悪い印象から良い印象にするというテクニックも使えるとは思いますが」「少女漫画を読んだことはありますか?だいたい少女漫画のヒーローは意地悪なんですよ。」「しかし例えば△△さんがパーティで始めて会った女性に乱暴な言葉遣いをしました、そのあとその女性とお付き合いしたい、さあ、どう挽回しますか?」
眼鏡の男性、△△さんは小さい声で「無理です」と言った。
「そうでしょう、無理なんです。」「私だったら例えばその人の話を全て覚えておきます。誕生日、出生地、好きな食べ物、そしてそれを覚えているよ、ということを後々に伝えるんです」「でもこれは高等技術なので△△さんは正攻法で!」
△△さんは相槌を打った。
正攻法とはなんだろう、と思った。私が。
「で、その正攻法、というのをしっかり実践できるようにして差し上げます!というのが我々の仕事なわけです。」
別料金だった。
△△さんは噛みしめるように「なるほど」と言った。
多分、ツーブロック男性はよくわからないけれど「モテ」の伝道師なのだと思う。確かにモテそうだったし。そしてその「モテ」は有料、きっと安くない値段なのだと思う。
少し時間が空いて、△△さんが口を開いた。
「あの、その、◻︎◻︎さんの言っていること、とても参考になります」「色々教えていただきたいと、」「でも、僕はそもそも、自分に自信がなくて」「見た目や性格はもちろん、それだけじゃなくて、この年齢でアルバイトをしていて」「◻︎◻︎さんに教えていただいたことを実践したとして、そもそもこの年齢でアルバイトの男を好きになる女性がいるのでしょうか」「この年齢でアルバイトというだけで女性は」「この年齢でアルバイトなのでもちろんそんなにお金も持ってはいませんし、貯金もなく」
△△さんはゆっくり話し始めたけれど最後は早口でこの年齢でアルバイトから始まる文章を繰り返した。
ツーブロックの男性、◻︎◻︎さんはなんと言うのだろう。
はっはっは
笑った。男性の悲痛な訴えを一笑して、◻︎◻︎さんは言った。
「大丈夫ですよ」
「女性が男性に求めるものは『将来性』なんです。」
「△△さんはアルバイトをなさっている。確かにそれは女性としては先行きに不安があるかもしれない、でも」
「将来的にバイトリーダーになる、アルバイトだったらどうでしょう」
△△さん「!」
「さらにマネージャー、もしかしたら雇われ店長なんていう道も開けますよね、そんな男性を女性は拒絶するでしょうか」
△△さん「!!!」
「だから、そんなこと気にすることないんです、あとは一歩踏み出して、女性との接し方、関わり方を身につける、それだけでいいんですよ。」
△△さんの背筋が伸びた心なしか伸びている気がした。そこからは早かった、あれよあれよと言う間にいくつかの書類に判を押していた。
わたしはこれはもうおもしろは見届けたな、という気持ちになり、その後予定もあったのでメイクを直すため化粧室に入った。
どれくらいの時間化粧室にいたかは覚えていないけれど、10分、15分くらい経ったかもしれない。席に戻ると、ツーブロックの男性◻︎◻︎さんの前には△△さんではない男性が座っていた。ガリガリに痩せている男性だった。
◻︎◻︎さんが言った。
「さて、◯◯さんはご入会いただいて半年経つわけですが、一度も成功体験を味わえていない。そこで私どもスタッフは◯◯さんのための特別プランを考えました。今の価格から月額5000円多く掛かってしまうのですが…」
わたしはまだ次の予定まで少し時間があったけれど、荷物をまとめてそのファミレスを出ることにした。